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イッセイ夫婦の野鳥写真館 

未熟な写真ばかりですが、中には珍しい野鳥の画も・・・・・・。

21日目仙台~福島~栃木 

6月17日、仙台港から、国道4号線で福島市に向かった
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福島市には、私が34歳の時、2年間ではあったが若輩ながら代表を務めさせられた会社がある。
もちろんその会社も当時より大きくなり今も健在だ。
当時、茨城に本社のある同業の会社が、合理化のために福島の事業所を閉鎖する、
土地や建物を商権とともに売りたい。
出来れば、従業員も引き受けてもらって、事業を継続をしてくれる会社を探しているとの話が舞い込み、
私を含め2名が調査を命じられ1週間出かけていった。調査を終え上に報告すると、買収するということになった。
そして、お前が上申したのだから、責任者で行って来いとなったのである。
しかも資金は出すから2年で黒字のめどをつけて来いというのである。いかにも唐突で乱暴な話だが、
当時はこんなもんだった。私自身、3年間の内に九州から大阪に行き、大阪から福井、石川、そして福島へと、
引っ越し家財のほどく暇もないほど、転勤させられた時だ。
ついてくる家族も大変だった。それでも若かったから怖いもの知らずで、ずいぶん乱暴なこともした。
とにかく2年間必死に動き働いた。当時の従業員にも随分無理難題を押しつけた。
それでも何とか指示された2年で、黒字の目処も立つようになり、さあこれから多少楽ができるという時に、
交代し戻って来いであった。あれから32年ぶりである。

この時の経験が、その後の私のサラリーマン人生に大いに役立ったと今でも思っている。
訪れた場所は当時のままだが、敷地は土地を買い足して多少広くなっていた。人も建物も新しくなり変わってはいるが、
感慨もひとしおで懐かしくもあった。今の社長は私から数えて4代目になる。
それでも、その当時の人材が3名残っていた。
その中の一人K女子は、私が就任してすぐに事務職員として雇ったひとである。
まだうら若く経理事務は全くの素人だった。だが呑み込みが早く素直で勤勉な子だった。
今では彼女がいないと管理が成り立たないとの事。
S氏はまだ独身で営業にでたばかり、N氏は工場で見習い仕事をしていた。今では其々会社の重鎮となっている。
お互い年はとったが、容姿は、頭と顔の小じわ以外は当時とあまり変わってはいなかった。再会を懐かしんだ。

さらに、会社とは関係ないが、福島にいた頃にお世話になった人々とも再会し、夜は夜で昔話に花を咲かせ、
大いに飲んだ。
この日は、車から降りて駅前のホテルに泊まった。
走行距離95km

翌日22日目(6月18日)は、福島市から須賀川の知人宅を訪ね、さらに栃木県宇都宮市の知人宅に寄った。
須賀川の知人は仕事で留守だった。連絡していたわけではないので当然である。奥さんに会ったことがないので
一目奥さんに会う・・・と言うのが主たる目的だった。
面識のない突然の訪問ではあったが歓待してくれた。想像していた通りのしっかりした上品な奥さんだった。
宇都宮の知人は、北陸当時の取引会社の知人であり、良くゴルフをし飲んで歌った遊び仲間である。
現役を退いた今でも独身で宇都宮駅近くの3LDKのマンションに一人ですんでいる。
部屋にはいると20畳もあろうかと思われる広いリビングに100インチのテレビがどんと座っている。
部屋は綺麗に整頓されており、彼のこまめさがよく表れていた。
購入時にレイアウトを替え部屋を一つ潰してリビングにつけたとの事
ゴルフにテニスにと独身貴族を謳歌しているようだ。
ここでは、すぐ失礼させてもらうつもりだったが、引き留められ歓待してもらった挙句、どうせ部屋は空いているからと
泊めてまでいただいた。誠に恐縮至極である。

走行距離186km
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category: キャブコンで北海道まで鳥撮りの旅

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